【老舗ジャーナリスト】いい会社、いい経営者。答えは「老舗」にあった。

「老舗」と聞くとどのような企業を想像するだろうか。

調べてみると「代々続いて同じ商売をしている格式・信用のある店。」「 先祖代々の家業を守り継ぐこと。」という意味である。(デジタル大辞泉より引用)

今回お話を伺ったのは、松下電器(現:パナソニック)取締役を経て、現在は「老舗ジャーナリスト」として老舗学を研究する前川洋一郎氏だ。

1,500人以上の経営者に取材をして見えてきた老舗の条件と日本の経営文化について伺った。

インタビュアー:安東 裕二(株式会社FMC
ライター: (株式会社Sacco)

前川洋一郎

まえかわ・よういちろう

神戸大学卒業後、松下電器産業(現パナソニック)へ入社し、取締役を経て、現在「老舗ジャーナリスト」として、老舗学について研究を行う。老舗学研究会にて共同代表を務めるかたわら、高知工科大学院にて教授として教壇に立つなど、精力的に後世の育成にも携わっている。

取締役時代に感じた疑問に向き合う

―本日はどうぞよろしくお願いします。

前川:会社をやめた時に大学院へ入りました。その経過からお話ししていきたいと思います。

世の中では定年になってからが第2の人生と言われていますけど、僕は第2の人生がサラリーマンで、それから80歳までの20年は第3の人生だと思っています。第2の人生、私は松下電器にいました。

会社で40年間言われてきたことは、もっと大きく、もっと伸びる、もっと儲ける、もっと強く、ということばかりです。ライバルを蹴落とすというか。

人間としてこれでいいのかと、私がトップの存在の近くになって、ものすごく悩みました。だんだん友達がいなくなっていくんですね。尖らないといけないと同時に、相手が寄って来なくなる、本音が入ってこなくなる。

人を寄せ付けなくしてまで、利益を上げるというので本当にいいのかと考えました。

そして「よい会社とは何か」ということを真剣に考え直し始めます。幸之助の本、入社した時の研修、親父から言われてきたこと、全部並べても答えが見つかりませんでした。

「自分の仕事は今のままでいいのか。それで世の中全体が幸せになるのか。」と問うているうちに、世の中全体でビジネスモデルを回していかなければならないと気付いたんです。そうすれば年をとり、自然といい仕事ができて、みんなから尊敬されます。そんな徳とリーダーシップのある人間になっていかなければならないと。

大事なことは、偉い人がよく言っている、使命感、ロマン、社会貢献、共存共栄、自利利他、自己実現だなと、徐々に分かってきました。

会社にいてはそれを実現することが難しく、辞めて自分でお金を出して、当時できたばかりの大学院に行きました。ずっと人を追い落とすだけでやってきましたが、高知工科大学に入って、勉強することになります。

第”3”の人生「老舗ジャーナリスト」 1,500人の経営者に出会って

前川:大学へ入って経営学や経済のことを勉強しました。そこで経営の大事なことを思い出しました。

しかし、なぜ経営学がこんなに立派になって、多くの人が学んでいるのに、そのごりやくはないのか、なぜ僕らはもっと素晴らしい人間にならないのかと思ったわけです。

たくさんの人が学んでいるはずなのに、学んだ通りの経営ができている人はごく一部だと。

前川:卒業後は大学の先生になりました。その後、博士号を取る努力をしました。世の中の役に立つことで、自分にも証がほしかったのです。そして博士号を貰い、世間のほとんどの人は見てくれませんが僕は満足したんですよ。

それから今は老舗ジャーナリストという看板で、個人事業主をして飯を食っています。そこで「よい会社、よい経営者とは何だろう」ということを突き詰めていったら「老舗」にたどりつきました。

それからというものの、日本でだいたい1,500社ぐらいは老舗を回っています。印象的だった社長は300人ぐらいですかね。

―印象に残った300人の共通点みたいなものがあればお伺いしてもよいでしょうか。

前川:感激のある会話ができたか、過去の失敗談なども含めて”思いが通じるか”ですかね。人生の肌というか、ぴたっと息づかいが合うような会話ができる方はやはり印象的でしたね。

僕も20年近くやってるでしょう。年齢が上がり、相手も若い人が出てきて、自分も相手も変わってきています。

(それでも印象に残るのは)感激のある会話ができることです。感動という言葉でもいい。恋愛なら一瞬のインスピレーション。これが非常に大事なのです。

―会話の中でのキャッチボールですよね。機械的なやり取りではないというか。

前川:まさにそうです。それが商売の基本でもあります。ただ、人それぞれのよさがあります。それぞれの味があることが非常に大切で、極端に言うと1年間ずっと一言もしゃべらない職人気質の方でも、その特有の個性に大変値打ちがあると感じています。

100年続く老舗の条件に迫る

―なるほど。ありがとうございます。たくさんの老舗を見てこられて、老舗ジャーナリストからみた「老舗」の共通点について教えていただけますか。

前川:不正が氾濫する社会になってきて、本当によい会社、優れた経営者というのは、何だろうと考えたんです。勲章を貰った人が世の中に役立っているのかというと違うんですよね。それは結果論で、実際には「トップの責務は品性と徳を磨くこと」なんです。

あと1年で80歳になりますが、ようやくこれが分かってきました。

地方へ行ったら町の中を回るんです。古老や若者に聞いたら、あそこは気持ちいい店ですよと大体褒めます。その中でも、地元の人に素直な褒め方をされているところはだいたい良い店です。

100年は老舗の定量的な条件です。そして定性的に地元の評判がいいことです。そして最後は条件なしで常にレースに出ていることです。大きい小さい、儲かっている儲かっていないは関係ないんです。次の世代に必ず繋いでいくことが大切です。

ーなるほど。

前川:そしてもう1つ。優れたトップの条件です。マスコミはいつもこう言います。「ビジョンかリーダーシップかバランス感覚かガバナンス能力か。で、最後に人間性」と。

でも僕が一番重要だと思うのは人間性です。人間社会で、人間じゃないものに人間と同じ権利と義務を与えたのが法人です。それを一人でやっているのが個人事業主。医者、弁護士、中小企業診断士、いろいろいます。組織の中でやっている人が経営者です。誰もが持つべきものがやっぱり人間性なのかなと思います。私の結論ですけどね。

これが老舗学をやっていてよく学んだことです。人間性がないと、これまで長くやってきた店でも潰れかかってくるんですよね。見ていて分かります。

日本企業の強みと弱点

―日本は圧倒的に100年企業、長寿企業が多いとされていますよね。事業承継がスムーズに行っているのも、その一つの要因かと思うのですが、どうなのでしょう。

前川:日本に老舗が多いのは正しいと思います。統計はないですけど。他国では王族で続いていたり、建物と名前だけで続いていたりすることもあります。

日本の長寿企業の理由ですけど、島国であること、四季のあることです。

それと、事業を何としても家で継いでいくことです。仕事は継ぐな、事業は継ぐな、家業を継げと。家業を継ぐな、家を継げと言われるぐらいです。家を大事にする考えの国です。

島国、四季、それから家族構成、家庭学。そしてそれを繋いでいくタスキの精神です。

それと、日本は急成長を望まないんですよ。急成長を望んだ財界トップ、総理大臣、将軍はだいたい失敗しています。平和的にというか、日本は和の精神で話して決めることが多いです。そういうのもあるんでしょうね。

日本の家族は独特です。それが今潰れかかっています。一番大事な家族が崩壊する、格差社会に来ているんです。事業承継で家を大事にする、家紋を大事にする。そういう考え方が、綻びているんですよ。

日本の長寿企業は急成長を求めないというお話は私も非常によく耳にします。とはいえ初代の方は”時代を作るぞ”という勢いがある方たちですよね。最初の形をつくって、2代目以降で守っていくという企業が多いと思います。
今後、最初の土台をつくっていく人たちがどういうふうに今の日本で育つと思いますか。

前川:これだけ税金を使って大学院、MBAや留学制度、そして成功者の私塾を作っていますけど、日本からはビルゲイツやらスティーブジョブズみたいな人は出てこないですよね。

どうしてプラットフォーマーやOSを作り出す人は生まれてこないんでしょうね。スポーツでは二刀流で大谷選手。本人も頑張ってるけど、あのような若者が出てきてほしいです。何故出てこないのでしょうね。不思議で仕方ないです。(笑)

リーダーシップの部分なのかなとも感じたんですけど、今日お話を聞いていたら、それも日本人の特性なのかなと。

前川:日本人、無から有を作ることはダメなんです。旧から新は作れますよ。改善改良は得意なんです。

これから第2の人生を歩む若者たちへ

事業継承するときに、人間性や人の器まで継承するのって難しいと思うんですけど、老舗には環境があるから繋がっていくのでしょうか。

前川:難しいです。でも世の中、環境と人間関係がそうさせてくれるんですね。もう一つは親が何としても子どもに継がせたいから、口伝するんです。

天皇家や歌舞伎ではそれができてますよね。それができないってことは、親の責任です。ということは家庭の責任。ひいては社会の責任ですよ。

今のお話はすごく現実的な問題ですね。ベンチャーなどこれから長寿企業を目指す今の若者たちがもっと意識した方がいいことはありますか。

前川:今の話にもつながるのですが、親をたてろよ、家を大事にするんだよということです。今の世の中では大変言いにくいですけどね。

それから、大正、戦後の高度成長の頃はたくさんベンチャーが出てきました。今はあまり出てこないです。だから老舗が相対的に増えています。企業も老人天国ですが、それは困りますよね。

だから若者よ、ここは年寄りの屍を乗り越えて頑張ってくれよと思います。僕らも年金などの支給は我慢します。若者と老人が共存共栄して、共同国民体として俺たちも頑張るんだから、おまえらも頑張ってやってくれよ!と言わないといけないなと思います。

僕たちも頑張らないといけないですね。貴重な話、たくさん聞かせていただいてありがとうございました。