次の長寿企業を目指して 100年企業研究委員会を経営者の学びの庭に

日本は、社歴100年を超える会社の数が世界で最も多い長寿企業大国です。その理由を「三方よし」や「足るを知る」「和を以て貴しとなす」といった日本人の精神性に起因するところが大きいと、公益資本主義推進協議会(以下PICC)の大久保秀夫会長は語ります。

企業経営の究極的な目的は、関わる顧客や社員、協力会社、地域や株主といった全ての社中(ステークホルダー)に「持続的」に利潤を分配することに他なりません。そして、長寿企業はその持続的な利潤の分配に長けたスペシャリストです。

大久保会長は、「長寿企業の経営から学べることは多い」との考えから、PICCの委員会のひとつとして「100年企業研究委員会」を立ち上げたと語ります。具体的に何を学んでほしいのか、大久保会長にお聞きしました。

インタビュアー:安東 裕二(株式会社FMC
加藤 俊 (株式会社Sacco)

大久保 秀夫

おおくぼ・ひでお

株式会社フォーバル代表取締役 会長。
東京商工会議所特別顧問、公益財団法人CIESF(シーセフ)理事長、 一般社団法人公益資本主義推進協議会会長、教育立国推進協議会会長代行。当時の日本最年少・最短記録で店頭登録銘柄として株式を公開(1988年)。同年、社団法人ニュービジネス協議会から「第1回アントレプレナー大賞」を受賞。情報通信業界で数々の「新しいあたりまえ」を創り続け、従業員数国内2347名、海外169名、東証スタンダード市場への上場会社3社を含むグループ企業35社を抱えるベンチャーグループに成長させた。1954年、東京都生まれ。國學院大學法学部卒業。

目次

  1. 企業の目的は「継続すること」公益資本主義経営が長寿企業を生む
  2. ビジョンを浸透させ、次期社長を育成するのが経営者の責務
  3. 社会貢献が企業価値になる時代。「なんのためにやるのか」から自社にできることを考える
  4. 新しい発想と豊かな人材育成で次の100年企業が育つ

企業の目的は「継続すること」公益資本主義経営が長寿企業を生む

100年企業研究委員会を立ち上げるに至った経緯をお伺いできますか。

日本は世界一の長寿企業大国です。世界の長寿企業を比較した調査では、日本は世界最高の企業数を誇り、国内企業のうち長寿企業が占める割合も世界一です(日経BPコンサルティング、2021年調査)。

企業が長く続くのには、理由があります。若い経営者や学生たちに、なぜ企業が100年、200年と長く続いていくのか、実際の長寿企業に訪問して学ぶ機会を提供したいと思い、設立に至りました。

会社経営では、短期的な利益を上げることばかりが目標になりがちです。しかし、企業が目指すべき最上位の目的は、継続することです。利益を上げるのは事業を継続させるためです。優先順を間違えてはいけない。お客様のため、社員のため、社員の家族のため、全ての社中(しゃちゅう)のために、企業は継続しなければなりません。そして、継続するために、よい商品、よいサービスが必要なのです。

特に若い方に、そのような「公益資本主義」の考え方を学んでほしいと思っています。

日本において、多数の100年企業が存在していることには、どのような背景があると思われますか?

100年企業の経営者は、先代から渡されたバトンをピカピカに磨き上げて次の代に渡そうと考えています。

伝統的な日本式経営の価値観「三方よし」や「足るを知る」、「和を以て貴しとなす」を理念とし、地に足の付いた経営をしていけば、地震があろうと戦争があろうとびくともせずに、企業は100年、200年続くでしょう。

企業は雇用や納税という面で国を支える重要な存在です。法人税も住民税も消費税も、その大半は企業が源泉となっています。また、企業が毎月、安定して給料を払っているからこそ、社員は「家を買おう」「車を買おう」「旅行に行こう」となり、経済が回っていくのです。そのように考えると、会社は「社会の公器」であり、その経営者は「公人」であるという考え方に行き着くはずです。

私が今危惧しているのは、日本の若い経営者たちが、会社をユニコーン企業にすることや、IPOすることばかりを狙って起業していることです。もちろん、利益追求が悪いわけではありません。しかし、誰のために、何のために利益を追求するのか、その前提がなければ浅薄な企業になってしまうでしょう。

100年企業の経営者は会社を社会の公器と捉え、会社継続のために利益を出そうと考えます。これが「公益資本主義」なのです。

ビジョンを浸透させ、次期社長を育成するのが経営者の責務

日本でも、長く継続できない企業は多くあります。長寿企業になれない企業には、どんな特徴があるとお考えでしょうか?

まず1つは、経営者が次世代を担う経営者をうまく育てられないことが考えられます。そもそも企業の後継者不在率が6割を超えている上、黒字企業であっても、実子がいても、承継しないというケースが増えているのです。私はその大きな要因として、経営者が仕事の愚痴や苦労している姿ばかりを周りに伝えていることが原因の一つであると考えます。経営のバトンを受け取りたいと思ってもらうためには、経営者自身が経営を前向きに楽しまなくてはなりません。

もう1つは、経営者が次の代にバトンを渡した後も経営に関与しすぎること。これもよくありません。経営を渡した瞬間に、主役は社長なのです。自分が社長になっても、何の決定権もなければ不満も出ますし、責任感も生じません。先代は週に一度報告を聞いて、アドバイスを与える程度でいいのです。

私は数年前に事業を次の代に譲りましたが、それ以降は週に一度事業報告を聞くだけです。細かい業務日報も見ませんし、売り上げや経費などの数字も基本的には見ず、社長に任せています。もちろん、任せるばかりではいけません。基本は任せ、必要なときにアドバイスをする。難しいですが、そのバランスを保つことが重要です。

長寿企業になるために、100年企業研究委員会の活動を通して、会員にどのようなことを学んでほしいとお考えですか?

まずは、自分が誰のために、なんのためにその事業をやるのか、腹落ちするまで考えてほしいと思います。そしてそこで見いだした理念を社員に浸透させていくこと。100年企業の経営者は、ビジョンや理念を、覚悟を持って社員に浸透させています。

ビジョンの浸透、そして先ほど申し上げた次世代経営者の育成。その二つを100年企業から学んでほしいと考えております。

社会貢献が企業価値になる時代。「なんのためにやるのか」から自社にできることを考える

コロナを経験し、変化は一気に加速しています。世界中がSDGsやCSVなど、企業の社会貢献に目が向き始めた今の時代を、PICCの会長として2014年から公益資本主義への活動を続けてきた立場から、どのように捉えていますか?

いま世界では、企業の価値が単に利益だけでなく、社会貢献によって判断されるよう変化が起こっています。これからの経営者は、価値観を大きく変えなければならないでしょう。

今までは、利益率の高い会社、誰もが知る有名企業が「いい企業」だと考えられてきました。しかしこれからは、社会に対してどのように貢献しているかを打ち出す企業が評価される時代です。まさしく、私たちが提言してきた「公益資本主義」の考え方が、世界にも広がってきていると感じています。SDGsやESGに取り組んでいる企業が投資家や株主たちに評価される。そんな時代が始まっているのです。

しかし、自社がなんのためにSDGsやESGに取り組むのか、本質を忘れてはいけません。たとえば、社内でDX化に取り組めば、環境問題へのアプローチにもなります。2023年、カナダではおよそ1,100カ所で山火事が起こり、北海道と九州を足した面積の森林が消失しました。温暖化現象によって高温乾燥状態が起こり、発火してしまうのです。そうなると、悪循環が始まります。木がなくなるということは、二酸化炭素を吸収できなくなり、水分を貯えることもできなくなってしまいます。すると砂漠化が進み、温暖化がさらに進む。

それを止めるために、うちの会社では何ができるか?今まで使っていた紙を使わないようにするためにDX化を進めよう、ということになります。小さなことですが、ペーパーレス化は森林伐採を減らすことに貢献します。

ペーパーレスを皮切りに、リサイクルやカーボンニュートラルのために自分の会社になにができるのかを考え、提案していく。そして会社が地球環境にどのように貢献しているのかを打ち出す。それがCSV経営に繋がります。

自社で環境のためになにをすべきか考え、具体的な取り組みを打ち出すことが、結果的に企業の利益にも繋がるということでしょうか。

はい。これからは社会貢献によって企業が判断されることになることは間違いありません。社会貢献と利益貢献がイコールになり、社会貢献に取り組まなければ企業は儲からないという時代は、既に始まっています。

ただし、企業はそもそも社会に役立ち、必要とされるからこそ存在しています。企業の本業をより多くの人に喜んでいただけるよう創意工夫を重ね、良くしていくこと自体が大きな社会貢献であり、企業の利益につながると信じています。その時、たとえばSDGsで謳われている目標達成に寄与するような貢献ができれば、より多くのファンを獲得できますし、それは企業の収益にもプラスになるということです。

新しい発想と豊かな人材育成で次の100年企業が育つ

大久保会長から見て、長寿企業の理想となる企業があればご教示ください。

最初に思いつくのが、寒天のトップメーカーである「伊那食品工業」です。伊那食品工業は、半世紀以上連続で増収増益を続けています。しかも毎年人を採用し続けたうえでの増益です。

伊那食品工業では「いい会社をつくりましょう」を社是とし、「年輪経営」を実践しています。同社の最高顧問である塚越寛氏は、トヨタの豊田章男社長から「私の教科書」と表現されるほど敬愛されており、また多くの経営者からも尊敬を集めています。

他の会社が寒天ブームに対応するために設備投資をしていたときでも、伊那食品工業は流行を追って借り入れを重ねようとはしなかった。やがて流行が終わり、他の会社が次々と借金を抱えて倒産していくなか、借金のない健全な経営をしていた同社は生き残り、自然とシェアも増えていきました。まさしく、「浮利を追わず」「足るを知る」の精神を体現されています。

そのような経営を長年続けている100年企業は他にもたくさんあります。ぜひ、経営者は直接その雰囲気を見て、社長から話を聞いてみてください。経営者だけでなく社員も、機会があったら積極的に参加していただきたいと考えています。

私たち中小企業の経営者たちは、日本が誇る長寿企業から何を学び、将来に向けてどのように備えるべきだとお考えでしょうか?

これから社会がどう変わっていくかということを自分なりに咀嚼し、自分事として捉えていくことが大切です。変化を自分の事業に取り入れるのだという気概やパワーがあれば、いたるところにチャンスはあります。

2045年前後には、AIの台頭によってシンギュラリティの時代がやってくると言われています。しかし、人間がAIに勝る点があります。クリエイティビティ能力とホスピタリティ能力、マネジメント能力です。新しい事業を発想し、人間性の豊かな人材を育てること、活かすことは、人間にしかできません。

継続することが、企業にとっては最優先事項です。時代が変わっても、それに対応できる新しい事業を展開し、次にバトンを渡す者の育成に力を注いでください。100年企業を訪問することで、その手がかりを得られるでしょう。

長寿企業に学び、100年企業研究委員会の仲間とともに話し合ったことを、自分の会社経営に活かしていただきたいと思います。