長寿企業を研究してその経営手法を広め、新たな100年企業創出を目指す「100年企業研究委員会」。一般社団法人公益資本主義推進(以下、PICC)では、この活動に取り組むため、各地の支部に本委員会を立ち上げました。
今回は委員会の活動をさらに進めるために、PICC東京支部の安東裕二さん、福岡支部の松田修さん、そして愛知支部の山森雅文さんが一堂に会し、長寿企業研究の進捗報告と意見交換が行われました。各地域の長寿企業からの学びとその実践について、それぞれ語っていただきました。
目次
長寿企業からの学びを多くの経営者に広げることが、100年企業研究委員会の役割
―まずは今回ご参加いただいたみなさんの自社紹介と活動内容についてお伺いできますか。
福岡支部 松田修(以下、松田):
私は福岡県で社会保険労務士法人マッチアップの代表をしております、松田と申します。PICCの立ち上げメンバーの一人でもあり、かつ大久保秀夫会長の「大久保秀夫塾」1期生でもあります。全国の社会保険労務士で組織した「100年企業研究会」ではいくつかの長寿企業を取材しておりますので、今後はその学びを100年企業研究委員会の場でも共有できればと考えております。
愛知支部 山森雅文(以下、山森):
愛知県名古屋市で株式会社ニュータスという保険代理店の常務を務めております、山森と申します。愛知支部では、PICCの理事である前川洋一郎先生にご登壇いただき老舗学勉強会を開催するなどの活動を続けております。
東京支部 安東裕二(以下、安東):
東京都渋谷区で株式会社FMCというホームページ制作会社を経営しております、安東と申します。私は元々、東京の支部長である大塚社長のご紹介を受けて大久保会長の講演会に参加したことをきっかけに、PICCに参画いたしました。現在、東京支部の100年企業研究委員会の委員長をやらせていただいており、100年企業の活動をまとめたホームページの運営も行っております。
―100年企業研究委員会に参画した理由についてお伺いします。
安東:大久保会長の講演会に参加したところ、そのシンプルで熱いお話に大変感銘を受けたことが直接のきっかけです。ただ、参加してみたものの、PICCの掲げる「社会貢献」という目標は、我々のような零細企業にはあまりにも大きく感じ、悩んでおりました。そんなとき100年企業研究委員会の活動を知り、長寿企業を研究することで事業の持続化を目指すという活動内容を身近に感じて参画した次第です。
山森:私も、老舗企業を実際に訪問して経営手法を学び、自社に活かしたいという思いで、100年企業研究委員会に参画いたしました。
松田:私は社会保険労務士として長寿企業とも接することがたびたびあり、長く続く企業には独特の風土があると感じておりました。収益を出し続ける仕組み、売上ゼロの時代を乗り越える仕組み、そして長寿企業独特の傲慢さを戒める仕組み、この3つをしっかりと持っているのです。この仕組みを研究し、弊社の顧客にも還元していきたいと思い、100年企業研究委員会に参画いたしました。
長寿企業からの学び「柔軟な思考力」と「社中から愛される経営」
―実際に参画してみて、どのような学びがありましたか?
安東:私は東京支部の100年企業研究委員会の委員長を任せてもらった2020年ごろから、長寿企業への直接取材という取り組みを引き継ぎました。当初、長寿企業というと頑固な職人的なイメージを持っていましたが、実際に取材に行ってみると、経営者の柔軟さに驚きました。長く経営を続けていくなかで、ときには自分のこだわりを捨て、時代に合わせて事業を変化させながら苦難を乗り越えてきたからこそ100年続くのだと感じました。
山森:私も安東さんと同じように感じました。愛知県には、「今寿司」という長く続く寿司店があります。トヨタ自動車のお膝元で、トヨタ関連のイベントだけで売上が上がるような会社でしたが、コロナによってイベント関係が全てなくなってしまいました。そこでデリバリー事業を始めるのですが、それがユニークな発想で、マッチョが寿司を運ぶ「デリバリー・マッチョ」という取り組みだったのです。そこから新しい客層が広がり、コロナが明けてからの売上にも繋がったそうです。
長寿企業の経営者は、時代に合わせて事業を変えていく柔軟な発想をお持ちなのだと感じましたね。
松田:長寿企業には、潰れない仕組みと周囲から愛される仕組みがあります。そして、先代から受け継いだ理念を社訓として次世代に引き継いでいる。それこそ公益資本主義でいう「社中(ステークホルダー)から愛される経営」なのです。
―見習うべき長寿企業があれば、それぞれ共有していただけますか。
松田:「龍角散」という企業の「オーケストラ経営」はおもしろい視点だと思いました。オーケストラというと、経営者と社員がハーモニーを奏でるように協力し合う経営を想像します。しかし実際は経営者が指揮者、社員は演奏者。演奏者は指揮者の振る通りに演奏しなければならないそうです。そこには一対一の関係性がある。この一対一を維持するために、社員の数は100名以上に増やさないというお話を伺いました。
また、「かんだやぶそば」という1880年創業の蕎麦屋が東京都神田にあります。そこは2013年2月に火災に遭い店舗の約3分の1が焼失しました。もちろん営業もできなくなり、従業員は働く先を失いました。そのとき、かんだやぶそばから暖簾分けして全国各地で営業していた蕎麦屋の店主たちが、それぞれ営業再開までの1年8カ月間従業員を預かり、復活にあわせて返したというのです。これは、なかなか一般企業では考えられないことだと驚きました。
山森:静岡の長坂養蜂場さんがおもしろい取り組みをされていました。三方よしの精神を大事にしている長寿企業で、経営者が数字目標を掲げないということが特徴的です。社員一人ひとりがお客様のために考えて行動すれば数字は上がるはずだと確信し、実際に1店舗で5.5億円を売り上げるという結果も出しています。
安東:いくつもあり、選ぶのが難しいのですが、「カクイチ」という企業が印象的でした。ガレージや倉庫の事業が中心なのですが、多事業に展開されていて、「やろう。誰もやらないことを。」というスローガンを掲げ、とても強いエネルギーを感じました。社内コミュニケーションツールとしてチャットワークやスラックを活用し、社内のDX化も進んでいます。現在の社長は次になにをしてやろうかと目を輝かせて語っておられました。
また、埼玉県の老舗醤油メーカーの「弓削多醤油」を訪れたときにうかがった話も興味深かった。こちらの会社は2023年でちょうど100周年なのですが、20年程前から工場見学を解禁して醤油を作る工程をお客様に見せたところ、これが大好評。社員が改めて自分たちがやっていることの魅力に気づいた、というエピソードをうかがいました。その後、社員から積極的に醤油の魅力をアピールする提案が出るようになったといいます。
―長寿企業を訪問して得た知見を、どのようにご自身の事業に活かしているのでしょうか。
安東:弊社は10人程度の小さな会社ですが、長く事業を続けるためには、とにかく人を育てることが課題だと感じました。
人材育成のため、マネージャー制度を導入し、組織体制もシンプルな構成に見直しました。また、社内ルールのマニュアル化も実行しています。
100年企業への取材には、なるべく若手社員を連れて行っています。若い彼らにとって、100年企業の経営者の話を直接聞けることは非常に有意義なチャンスですから。
松田:私は職業柄、長寿企業の知見を、顧客に還元するようにしています。そういう意味では、100年企業への取材は私にとって「仕入れ」のようなものでしょう。学んだ内容が顧客の糧となればという思いで続けています。
100年企業の知見を、「事業承継」問題解決の糸口に
―今後、100年企業研究委員会の活動として、どのような取り組みを続けていきたいと考えていますか?
安東:会社は結局続かなければ社会に貢献できないということを深く実感しております。
続くからこそ、雇用が生み出され、税金が支払われ、日本をよくしていくことに貢献できるのです。ですから、100年企業研究委員会は実はPICCのなかで活動の中心を担っているのだと思います。
今までそれぞれの支部で別々に活動していたことを共有し、多くの方に広めていかなければいけないと思います。そのためには、Webサイトの運営だけではなく、改めてこのような紙媒体での広報についても率先してやっていきたいと考えております。
山森:長寿企業には長く続く理由があります。長寿企業を見て回ることは、自社にとってももちろんメリットになりますが、多くの方に共有することにこそ、社会的な意義がある。それができるのが100年企業研究委員会です。
私はWebに詳しくないので、広報活動はみなさんのお力を借りつつ、より多くの長寿企業を取材して情報を共有してまいりたいと思います。
松田:日本の黒字企業では、その6割以上が跡取りが決まっていないという現実があります。経営者の平均年齢は70歳を過ぎており、毎年1年ずつ上昇しているといわれています。まさに、日本の経営者にとって最大の課題である事業承継を、100年企業の研究によって学び、共有していくことには大きな意義があるでしょう。今後も雑誌やWebなどを通じて多くの長寿企業事例を積み重ねていくことに貢献していきたいと考えております。
[福岡支部] 社会保険労務士法人 マッチアップ 代表社員 松田修(まつだ・おさむ)
陽明学講座「福博えびす大学」主宰、福岡100年企業研究会世話人。制御 機器メーカーの人事部門に在職中、社会保険労務士の資格を取得し、1999 年独立開業。人事制度、就業規則のコ ンサルティングは300社以上の実績が ある。陽明学など東洋思想、組織開発 の知見を活かし、中小企業をゴキゲン な職場にすることを使命とする。座右 の銘は『上徳谷の如し』。徒に頂上を極めようとするよりは、皆 が和らぎ豊かに暮らす谷を作りたいと思っている。
[愛知支部] 株式会社ニュータス 山森 雅文(やまもり・まさふみ)
1969年、山口県生まれ。大学卒業後、現三井住友海上火災保険株式会社に入社、福岡→大分→東京→群馬→兵 庫と全国転勤しながら、営業一筋で26 年間勤務。2018年から、保険代理店 である今の会社(株式会社ニュータス) に転職、法人営業を中心に活動してい る毎日です。
「災害に強いあなたの保険代理店」を目指して、ドローンによる屋根診断等災害・防災に特化した新しいサービスを展開しています。
[東京支部] 株式会社FMC 安東 裕二(あんどう・ゆうじ)
1981年、埼玉県生まれ。20代からWebディレクター/デザイナーとして活動。2005年、アプリ制作会社の創業メンバーとしてディレクターを経て、Webコンサルティング、音楽 EC事業を中心に行っている英国法人Walf 株式会社のクリエイティブ事業部長に就任。数々のプロジェクトに携わり、2018年より株式会社FMCを設立。FMCでは「世の中 をシンプルに、もっとわかりやすく」という理 念のもと、Webサイト制作、マーケティング、メディア運営、アパレル、音楽事業と幅広い領域でのトータルブランディングを強みとし、日常の中にある難解なことをITとデザインの力で解決している。