【国際自動車グループ】「社員の幸せ」が最高のサービスになる。100年後も残る、人が育む事業。


今回の100年企業は、2020年に創業100周年を迎えた国際自動車グループ様です。

東京最大手のタクシー・ハイヤー・バスを中心とした旅客運送事業を展開する国際自動車グループで48年間勤め続け、社員と共に苦難を乗り越えてきた西川社長にお話を伺いました。


インタビュアー:安東裕二

プロフィール

西川 洋志

にしかわ・ひろし――1949年東京都生まれ。國學院大學経済学部卒業後、1972年4月に国際自動車に入社。ハイヤー営業マン、営業企画を経て、2000年に経理部長に就任。2001年に取締役不動産部長、2007年4月に経営管理本部取締役副本部長となる。2011年より常務取締役、2014年6月の専務取締役就任を経て、2016年4月より現職。「ホスピタリティ・ドライビングkm~お客さまの笑顔を私たちの喜びとして」をモットーに、グループの総合力を活かし「お客さまが笑顔になっていただける世界一のホスピタリティ企業」の実現をめざし陣頭指揮を執っている。

目次

  1. 会社に伝え続ける理念「社員第一」
  2. 2度の節目を超えて気づく、「社員」と「ブランド」の偉大さ
  3. 節目を越えた末の新卒・女性採用、社員一人ひとりの感性がサービス価値
  4. 時代が変わっても「人の価値」はブレない、100年後も残り続ける産業
  5. 100年企業になるために必要なこと

会社に伝え続ける理念「社員第一」

― まずは、国際自動車グループ様の経営理念や方針について教えていただけますか?

西川氏:当社の経営方針は「人良し・車良し・サービス良し」です。特に、1つ目の「人良し」を重視しています。この業界は労働集約産業ですので、数多くの先輩方、つまり「人」が「kmブランド」というお客さまに愛されるブランドを積み上げてくれた。そのため、国際自動車グループは、会社を作る社員と、お客さまとしての人によって成り立っている会社だということを念頭に経営方針を定めていますね。

― 「お客さま第一」というのはよく聞きますが、貴社の場合は社員も同等の存在として捉えているんですね。

西川氏:「当社は社員第一主義だ。」と、社員にはよく言っています。社員が家族や大切な人と共に幸せな生活をしている状態、心が豊かな状態でないと、お客さまに対してもきちんとしたサービスができないと思っています。それができるように、当社には社員にフォローしていく責任があります。

「お客さまに何を提供するか?」を考えるより先に、「お客さまに接する社員の皆さんを幸せにするにはどうしたらいいか?」を考えるのが、当社の基本的な考え方です。

「この会社に入社してよかった」と思われるような、安心して仕事ができる環境を作り上げ、そこで働く社員がお客さまに最高のサービスを提供することができる。それが私が考える会社像です。

―なるほど、「お客さま第一」の前にお客さまに接する「社員を幸せにする」というのが、貴社の理念なんですね。経営者の課題として、そういった理念や方針を社員にきちんと伝えるということがとても難しいと思っていまして…。従業員数が多い貴社の場合は特に大変だと思うのですが、普段西川社長はどういう風に伝えられてますか?

西川氏:それは、永遠の課題だと思います。自分の考えていることを上手に周りの人に伝えられるようになったら、経営者としてピカイチだと思いますね。

当社の社員は7,200名いまして、本社と地方に点在するタクシー、ハイヤー、バスの営業所で大きい所だと約800名の社員が所属しています。それぞれ事務所には所長もいますし、月2回の所長会議とかで意志の統一を計っています。

しかし、私は基本的には伝わってないものだと思っていますよ。

紙風船で遊ぶ時、常に下から叩いていないと床に落ちちゃいますよね?先輩がよく言っていたんですけど、一度は伝えたかもしれない、ところがそれは「伝えきれてる」わけではないし、伝わっていても時間が経つと忘れちゃう。そのことを前提に置いておかないといけないですよね。壁に書いてあっても、読み返さないと忘れちゃう。だから私はことあるごとに繰り返し繰り返し伝えるようにしています。

―西川社長も、先輩の方々に何度も言われましたか?

西川氏:言われましたよ。当時は「うるさいな。」って思ってました(笑)

「何度同じこと言うんだよ」って。たぶん皆も思ってると思います。でも、言わないと皆忘れてしまいますからね。今でも口酸っぱくいうようにしてますよ。

―本を拝読した際に、2013年に理念を新たに策定し直したと書いてあったのですが、実際にどのように変えられたんですか?

西川氏:実は前の基本方針は昭和30年代に作ったものですが、精神的には変わっていないですよ。現代版に、表現の仕方を変えただけです。当社の事業に即しているので根本的に見直す必要は無かったんですよ。

でも、昭和30年代と2013年では社会的な環境が違うじゃないですか。当時は労使の協調主義で華やかしき時代だった。基本方針は「公共の福祉増進、よい車とよいサービス、よい能率とよい待遇」という表現をしていた。だから時代の流れに合わせて表現を変えただけです。精神は何も変わってませんよ。

―なるほど、理念や基本方針は繰り返し伝え続けたり、根底はそのままに表現だけ時代の流れに合わせたりして、長く従業員に根付かせていったってことですね。

2度の節目を超えて気づく、「社員」と「ブランド」の偉大さ

―長く勤められて今まで色々あったと思うのですが、特に「ピンチ」と思ったことはありましたか?

西川氏:私がこの会社に入社して48年経って、今年でこの会社が100周年を迎えるからおよそ半分くらいしか会社の歴史は分かりませんが、「この会社もうダメかもしれない」と思った体験は2つあります。

―そうなんですね!それはどんな体験で、どのように乗り越えられたんですか?

西川氏:1つは、バブルの崩壊後の2004年です。

「銀行が潰れるわけがない」と思ってたら、潰れちゃったんですから(笑)

当時は、銀行から融資を受けて、賃貸ビルを貸してましたね。東京都の5本の指に入るほどの貸付面積を持っていました。ハイヤー・タクシー・バスが主力の事業ではあるけど、本業のリスクヘッジとして不動産事業も後から始めていて、海外でもオーストラリアに2棟、ハワイに1棟、オーストラリアにショッピングセンター、国内にはゴルフ場まで持ってました。

それは全て、銀行がたくさんお金を貸してくれたからです。ちなみに、当時の当社の資産総額は1兆円と言われてました。

ところが、そのタイミングで銀行の倒産が起きて、資産価値の下落とともに銀行からは返済を要求されました。最終的には債権放棄にまで至りました。だから2004年からは、会社としては倒産した状態でのスタートでしたね。

でもここで「km」というブランドに救われました。それから、当社はそのブランドを尊重して、「多角経営は一切しない」と経営陣の中で誓いました。そして現業に特化した再スタートを切ったという歴史があります。

まあ、それから3年ですぐにリーマンショックに遭ったんですけどね(笑)

―やはり、バブル崩壊は壮絶だったんですね。もう1つのピンチは何だったんですか?

西川氏:2番目に大きな節目だったのは、2009年に起こった事業取り消し問題ですね。1つの営業所の監査で不備が指摘され、321両のタクシー車両のナンバーを取り消され、約800名弱のドライバーが職を失ってしまったという事態です。

今でこそ、労働時間が規定されて働き方改革とか言われてますけど、タクシードライバーは歩合制の給料で働いているので、一生懸命働いてしまう。労働時間をきちんと制限してあげるのが職員・社員の仕事なんですね。しかし、それができていなかったことを指摘されたんです。

車はナンバーを取られても売るという手立てはある、車も無いのに人だけを抱えているわけにもいかない。しかし、社員には家族がいる。

その800名弱の働き先を見つけるのが、大変でしたね。約200名は他の営業所に配属して、後の600名は提携している会社や他社にお願いして回って、何とか全員失業してしまうという事態は避けることができました。

―100年企業というとずっと手堅く安定しているイメージがありますが、2009年に金融危機、3年後にリーマンショック、2011年に取り消し問題…と、この100年の中でも直近20年が凄いですね。

西川氏:2000年代の20年は1番波風が凄いですね。ただ、取り消し問題の2年後以降に、業界の中でもM&Aをしたり、約640台の営業車を買わせていただいたことで、結果的に大きな傷が残らずにすみました。

ただ、実際にこのような反転する機会をいただけたのは、大きいと思っています。こうした壁を乗り越えてきたおかげで、「人こそ財」というサービスという原点回帰ができましたね。

節目を越えた末の新卒・女性採用、社員一人ひとりの感性がサービス価値

― このような過去の事件を伺っていると、先輩の方々が「kmブランド」を揺ぎなく積み上げ続けてきたという歴史を感じますね。

西川氏:そうですね。時代や社会情勢の変化に対応できる「その時代の人」の力が必要です。だから、当時業界であり得なかった新卒採用もこの時期に始めました。2010年には1名、翌年以降も4名、10名、42名と新卒社員が増えていって、それ以降はずっと120名くらいが入社してくれています。新卒採用を始めたことで、当社のように業界にどっぷり漬かってしまっていると思いつかないようなアイデアも出てきて、色々なことを変えられるようになりましたね。率先して「管理者になりたい」と手を挙げる社員も結構いて、良い影響を与えてくれていますね。

―貴社は早い段階から女性ドライバーも積極的に採用されていますよね。業界から見ると珍しくもある試みかと思うのですが…。

西川氏:採用してから戸惑うことは多くありましたね。現場の中には女性と話し慣れない男性もいました。女性に対してあまり強く言えなかったりして「男性と一緒に扱ってください」なんて言われることも(笑)

―女性を採用するようになって、雰囲気とかも変わりましたか?

西川氏:全く違いましたね。「馬鹿野郎」なんて言えませんし(笑)雰囲気が和やかになりました。何より、女性目線での意見が貴重でしたね。タクシーのお客さまも、昼間に乗る女性やご高齢のお客さまが増え変化してきていたので、「お客さまに何ができるか?」を考えるうえで、細かい気配りができる女性の価値観はとても参考になります。

―「社員」を大事にしている貴社ですが、社員教育で心掛けているところはございますか?

西川氏:基本的に、ホスピタリティを理解してもらうのが大前提です。

例えばタクシードライバーだったら、後ろに乗られるお客さまは一人ひとり違った性格、経歴、価値観をお持ちです。楽しい用事の後のお客さまもいれば、仕事で失敗して落ち込んでいるお客さまもいる。それを瞬時に見極めて、最善な接客をするために必要なのがホスピタリティです。

―「ホスピタリティって何?」ということを教えるのは、すごく難しいですよね。

西川氏:そうですね。ホスピタリティブックという教本は存在するけど、そこにあることを実行しただけでは、本質的なホスピタリティにはならない。ホスピタリティは人と人の間で行われるものだから、最終的には本人の感性が重要になります。

だから、社員が「お客さまに対して何ができるのか?」を感じ取れるように、一人ひとりの感性を磨いてもらっています。

時代が変わっても「人の価値」はブレない、100年後も残り続ける事業

―今後100年間のビジョンをどのようにお考えですか?

西川氏:新しくしたり、変えたりすることはありませんね。

―今の業態や理念をずっとそのままに。ということでしょうか?

西川氏:業界や市場はどんどん変わっていきますよ。当社はその時代の中で、変わっていくものは率先して取り入れていきます。例えば、SONYさん含め7社で設立した「みんなのタクシー」という会社は、時代に合った専門技術を持つ他社と取り組んだ良い例ですね。

時代の流れに即応していくことは当たり前のことなんです。タクシーは進化していかなければならないので。

―では、新しいことを始めるではなく、時代に合わせていく、ということですね。その中でも、理念や方針はずっと変わらないと。近年は「無人タクシー」というワードも耳にしますが…。

西川氏:色々なものを取り入れても、ホスピタリティは決して忘れてはいけない。スマホアプリができて、より便利にタクシーをご利用いただけるようになっても、当社はお客さまに対して満足を超える接客をする必要があります。

無人タクシーだと、移動手段としての「利便性」しか提供できませんよね。例えば、ご高齢の方や妊婦の方は、人が手を取ってあげることも必要になります。たとえ健康な方であっても、人と接しないなんて心が虚しいじゃないですか。人との接触があって初めて人間らしい生活ができる。

― そうですね、どんな業界でもAI化されたり自動化されるけど、「人だからできること」の価値はブレませんよね。

西川氏:私はそれを率先して残さなければならないと思っています。だから、社員は大切にしていますし、100年目を迎えた今年も若い世代の採用を続けています。

人が、人によるサービスを求め続けるので、100年後もこの事業は残り続けますよ。

100年企業になるために必要なこと

―最後に、100年企業になるために必要なことを教えていただけますか?

西川氏:「熱意」ですね。「kmブランド」や社員、その家族を守るために、皆が同じ方向を向いて結集してくれたからこそ、今があると思っています。

債権放棄を受けたり、600名の社員を失ったりしても立ち直れたのは、社員の皆さんのおかげです。

―なるほど。時代が変わり続けて、多くの困難が起こっても乗り越えてきたのは、その時代を生きる社員の方々が同じ方向を向いて尽力してきたから、ということですね。

西川社長、ありがとうございました!

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