【株式会社菓匠Shimizu】「PICCいい会社ツアー」REPORT

「働くとは」「夢ケーキ」「菓子創りは夢創り」

PICC では「王道経営を学び、実践する、いい会社を増やす」を年度の最上位⽬的に掲げ、活動しています。会員企業は、いろいろなかたちで「いい会社」について学び、各社でできることに挑戦していますが、その⼀環として 2023 年 6 ⽉ 29 ⽇と 30 ⽇、⻑野県内で「いい会社」と名⾼い 3 社に訪問させていただくツアーを実施いたしました。

今回は、その中の 1 社、⻑野県伊那市の菓匠Shimizuでの学びについてエッセンスを紹介させていただきます。テーマは「働くとは」です。『夢ケーキ』で知られる菓匠Shimizu様がどのように地域で人気の洋菓子店をつくり、社会貢献につながると力みを広めていらっしゃるか? 業種や業態は違えども、大切にすべきポイントには多くの会社で通ずるものがあると思います。ぜひツアーに参加できなかった皆様にとって参考になれば幸いです。

菓匠Shimizu 清水 慎一 社⻑ 講話より

菓匠Shimizuは、祖父母が団子を売り歩いたところから始まった菓子店です。父母は店舗を立ち上げ、和菓子と洋菓子を販売していました。私が店を継いだ後、2006年に今の店舗に移り、現在は約20名のスタッフと一緒に働いています。昨年の2022年夏には愛知県名古屋市栄に2店舗目を開店しました。

現在に至るまで紆余曲折ありましたが、今は安定した経営ができており、新しいことにも取り組むことができております。本日は、現在の経営方針になるまでの経緯、スタッフの育成方法などについてお伝えできればと思います。

今のお店の雰囲気になる前、私とスタッフとの関係性は悪かったです。海外での修行後、お店に帰ってすぐに両親やスタッフと対立しました。海外で学んできたことと比べ、どうしても古臭く感じてしまったからです。ただ、今考えるとお店を良くしよう、両親を助けようというより、自己顕示欲の方が勝っていたのだと思います。

今では考えられませんが、スタッフに「嫌なら辞めろ」ときつく当たったこともありました。本来であれば会社として正しくない状態でしたが、売り上げは倍々ゲームで伸びていたため、ますます慢心していきました。ただ、ギスギスした雰囲気の中で働くのは楽しくありませんでした。

この雰囲気のままではよくないと思いつつも、どうしたらいいかわからない。また、外部のセミナーに参加したものの、学んだことをなかなかお店で生かせずイライラしていました。そんなときに祖母から「慎一、仕事は楽しいかい?」と聞かれたので、「仕事なんて楽しいものじゃないよ」と即答しました。その時、祖母から教わった言葉が、不思議なくらい刺さったのです。「‟働く”とは‟傍を楽にする”と書くんだ」「働くことは、労働することや、お金を稼ぐことだけじゃない。自分の近くにいる人たちを楽にしてあげることだ」と。

この言葉をきっかけに、私は両親やスタッフを楽にするどころか苦しめてばかりだったことを反省し、変わることを決意しました。一番嫌なことから向き合おうと、父親と毎日話す時間を設け、創業の思いや両親が大切にしてきたことなど、教えてもらったのです。そこから少しずつ変化が始まり、「菓子創りは夢創り」をモットーに掲げ、 私たちがつくるお菓子によって、お菓子の向こう側にある幸せな時間や家族団らんの時間を提供しようと意識が変わっていきました。

このモットーに基づいた経営を始めたばかりのとき、近くの街で子どもが親を殺す事件が起きました。「もしかしたら、その家族はお店に来たことがあるかもしれない」「私たちが家族団らんの時間を提供できていたら、事件は起きなかったかもしれない」。そう思った私は、事件の次の日にスタッフたちと話して、「菓子創りは夢創り」を体現するための取り組みとして「夢ケーキ」を始めることにしました。

夢ケーキは、子どもが描いた将来の夢の絵をケーキにして無料でプレゼントする取り組みです。初年は9件の応募から始まりましたが、夢ケーキをきっかけに家族の会話が増えたご家庭の口コミもあり、5年目には1,000件まで応募が増えました。当然、うちのお店だけで対応できる数ではありませんが、この取り組みに賛同し、協力してくれるケーキ屋さんが増えていきました。6年目以降は夢ケーキのNPO法人を立ち上げて、今もこの取り組みを全国に広めています。夢ケーキは、自分たちが何のために働いてるかを再確認させてもらえる、本当に素晴らしい取り組みだと自負しています。しかし、この取り組みは利益になりません。夢ケーキを永続させるためにも、会社の体制をより強くし、経営体制を整える必要があると感じました。

私は経営でよく聞く「戦略」という言葉が、お客様を策略的に来させるイメージがあって嫌いでした。しかし、元リッツ・カールトン日本支社長の高野登さんに「経営戦略とは今自分がやっていることの中で、やらないことを決めていくことだ。戦略の‟略”は、省略の‟略”だから、‟戦いを省くために”何をやめるかを決めるんだ」と言われ、経営戦略に対するイメージが大きく変わりました。

そこから経営戦略を改めて考え、いろいろなものを省いた結果、売り上げを伸ばさない減収増益型のビジネスモデルを取ることにしました。既にあるものを省くのは難しく、実際とても苦労しましたが、やはり高野さんに言われた「何でも売ってる店は、何も売ってないのと同じ」を合言葉に、ケーキの種類を70種類から15種類にまで減らしていきました。その結果、うちのお店の本当のファンだけが残り、利益は3倍4倍と増えていきました。

「菓子創りは夢創り」をモットーに考えを改めてからは、同じ方向を目指してくれるスタッフが残り、関係性も良い方向に変化しました。お店に入った当初は現場に入って口を出していましたが、今はほとんど何も言いません。その代わり、朝礼や週礼などの定期的なミーティング、入社時や新人研修のときに「菓匠Shimizuとはなにか」「我々は何のためにお菓子をつくっていて、目指すパティシエ像は何か」「どういう会社になるのか」といった話をしています。

そこさえ共有すればあとは何をしてもいいと思っているので、とにかくチャレンジしてもらっています。もしうまくいかなくても、うまくいかなかった理由、どうすればうまくいくのかを考えて再チャレンジしよう。このスタンスで、1人ひとりの存在を承認し、傾聴しようと意識して接する以外、社員教育と言えるものは特にありません。

おかげさまで事業の継承をしたいと言ってくれるスタッフも出てきました。今後もし独立したいスタッフが出てきたら、グループ展開をして、少ないリスクで独立できるような手助けをしていきたいです。

PICC所感

菓匠Shimizu様は、1947年創業、伊那で愛される洋菓子店です。「菓子創りは夢創り」を掲げ、地元伊那谷の人、時、モノ、コトのすばらしさを、新しいセンスと確かな技術で、美味しいお菓子にして世界に発信されており、「ガイアの夜明け」等のメディアでも紹介される有名店です。長野県伊那市という決してアクセスしやすい場所ではありませんが、訪問した当日も地元のファミリーに交じり、インバウンドで来日されたであろう外国人のお客様が多数来店されていらっしゃいました。

本業でも社会貢献でも成功されている同社は、福島支部設立準備委員会のゲストとして講演いただいたり、大阪会員が夢ケーキの取り組みに協力させていただいたり、以前からPICC会員のロールモデルとなっておりました。上手くいったことだけを紹介いただいても十分参考になったと思いますが、清水社長は自身の未熟だった考え方や失敗も含めて赤裸々に語っていただいたため、たいへんリアリティのある学びの機会となりました。

PICCで何度も学んできた、会社の在り方や目指すべきビジョンを定める重要性。夢ケーキやフェアトレードチョコなど、社会貢献の視点や実行力。また、戦略として商品を絞り込むことで利益率や店舗のブランディングを高める方法も、非常に刺激となりました。

余談ですが当日、訪問したPICC会員企業の経営者と清水社長が大学野球部で共に汗を流した先輩後輩の関係だったことが発覚しました。このご縁も、何か必然を感じさせる強い導きを感じ、人と人とを結びつける見えない糸の力を改めて実感いたしました。社員とのご縁、お客様とのご縁、取引先とのご縁、地域とのご縁、そしてPICC会員同士のご縁を力に変え、より「いい会社」を目指していくための糧としていきたいと思います。